こんにちは!トヨタユナイテッド静岡です☺
私の独断と偏見で静岡の歴史スポットを紹介する「静岡の歴史スポットぶらり旅」
今回のテーマは今川館(駿府城)!(ばばーん)そう、駿府城です。
あまり聞きなれないため今川館と言うと「?」が頭に浮かぶ方も多いのではないかと思いますが、今回はあえて今川館としてご紹介いたします!
今川館とは
今川館。名前の通り駿府(現在の静岡市)を本拠地に活躍した戦国大名・今川氏の館で、駿府城はその跡地に建てられました。
戦国大名の本拠地と言えば壮大なお城をイメージされる方も多いかと思いますが、館を普段の私邸・政庁とし(もちろん要塞化はしてあります)、有事の際だけ近くの山城を使うという戦国大名も多くいました。
当時の駿府は今川義元(1519~1560)の下で安定した領国経営がされ、戦乱の京都から多くの公家が駿府に避難してきました。
また今川義元の母親が京都の公家出身であるなど京都との交流が盛んなこともあり、戦国三大文化と言われる今川文化が花開き、とても繁栄していました。(ちなみに義元の母親は寿桂尼(?~1568)と言い、一時期今川家の政務を取り仕切っていたことから「尼御台」「女戦国大名」とも呼ばれております。)
しかし、繁栄を謳歌した今川氏の駿府も1568年の武田氏の侵攻により灰燼に帰し、しばらくの間荒廃した町となってしまいます。
今川館も焼け落ち、どこにあったのかわからなくなってしまいました。
徳川家康(1543~1616)は今川氏の人質として駿府で8歳から18歳までを過ごしました。人質と言っても義元の右腕・太原雪斎(1496~1555)により英才教育を受け、義元の姪を娶るなど将来は義元の息子氏真(1538~1615)の右腕にと期待されていたようです。
徳川家康はその後浜松から駿府に本拠を移し、江戸を経て、晩年に再び駿府に居を移し大御所として君臨します。
もしかしたら駿府は人質時代を過ごした辛い思い出ではなく、当時の華やかな駿府は良い思い出の地だったのかもしれません。
さて幻となった今川館ですが、その後の発掘調査から今の駿府城公園の地下に眠っている可能性が高いようです。
家康の築いた駿府城の発掘調査をした際、二の丸馬場の下の地層より今川時代のものと思われる庭園や池の遺構が現れ、当時の銭貨や陶器が出土しました。
そこ自体は今川館の本館ではなさそうですが、文献などから考察するに、駿府城公園の旧本丸から市立病院にかけてのあたりが可能性が高いようです。
つまり、家康は今川館の跡地に駿府城を建てたということになります。
「海道一の弓取り」今川義元
今川義元と言えば、2万5000の大軍を率いながら2000の織田信長軍に敗死した(桶狭間の戦い)ことで、戦国きっての噛ませ役のように扱われてきました。
公家趣味でお歯黒をしていた、馬に乗らず輿に乗っていたなど、軟弱なイメージで語られることが多い戦国大名です。
おひざ元である静岡でも徳川家康の人気に押され、非常に影の薄い存在になっています。しかし、近年ではその評価が見直され始め、実は「戦国時代屈指の名将(!)」として再評価されてきています。
長くなってしまうので事績を簡単にまとめると、内政面では、
・分国法の代表として名高い「仮名目録追加二十一条」の制定。(日本史の教科書にも載っています)
・戦国三大文化のひとつである「今川文化」の繁栄 軍事・外交面では
・織田信秀(信長の父)との争いに勝利し三河国(愛知県東部)を制圧。
駿河国(静岡県中部・東部)、遠江国(静岡県西部)と合わせ三ヶ国の太守となる・義元の右腕・太原雪斎の周旋により武田信玄(1521~1573)、
北条氏康(1515~1571)との間に「甲相駿三国同盟」を結ぶ。
・武田信玄と上杉謙信(1530~1578)による第二次川中島の合戦を仲裁する。(彼らと同格だからこそです。)
・「海道一の弓取り」と言われる。海道は東海道のことで、当時で言えば京都から鎌倉までです。つまり京都から鎌倉までの中で一番の武将ということ。
などが挙げられます。
また、彼の評価を貶める理由のひとつである公家趣味ですが、当時は文化水準や家格の高さを表すものであり、決して軟弱なものではありませんでした。
お歯黒はむしろ当時の武将の嗜みであり他の武将も行っており、輿も足利将軍家から特別に乗ることを許されたもので、侵攻先の織田家や付近の住民に家格の高さを見せつけるために乗っていたと思われます。
今川義元公生誕五百年祭
さて、ここまで今川義元の知られざる事績を書いてきましたが、今年2019年は義元の生誕500年となります。
静岡市では駿府繁栄の礎を築いた今川義元公生誕五百年祭として各種イベントを開いています!去る5月3日~6日には駿府城公園で「今川復権まつり」が開かれました!
ゆるキャラ(!?)である「今川さん」も駆けつけ、大人気でした!私も5日に行ってきましたが当日は晴天にも恵まれ多くの方で賑わっていました(=゚ω゚)ノ
ゆるキャラ(!?)今川さん そして、生誕祭五百年祭のひとつとして、義元の命日にあたる5月19日にもイベントが予定されています!
このブログを読んでご興味を持たれた方はぜひ足を運ばれてはいかがでしょうか(^O^)
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